切なくもやるせない冬瓜物語


朝からの雨。グラウンドゴルフの大会も延期で朝から麻雀かとの予想ははずれ。会場は人工芝、スコアカードは新兵器の雨でも大丈夫の紙を使用のため決行との知らせだ。雨ニモマケズ/ 風ニモマケズ雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ/ 丈夫ナカラダヲモチタル/ オヨソ百ニンのジジババタチハ/ ミナ最後マデガンバリマシタ。


立冬」のきのう11月7日、誕生日の花はシラタマホシクサだった。伊勢湾沿岸の湿地のみに自生し、夏から秋口にかけて咲く花だ。白い玉のような、星の形をした花の草が名前の由来だ。先月初旬、豊田・矢並湿地が一般公開された日の日記にアップした。きょうは、その日の選洩れの2枚をアップ。


きのう柿狩りをした柿畑の近くの農道の脇に今年も冬瓜が6〜7個並んで張り紙が置いてあった。張り紙には「よろしかったら ご自由お持ちください」と書いてあった。この2.3年毎年今頃の季節にお目にかかる冬瓜の風景だ。そして、張り紙を置いて畑仕事をしている老夫婦も相変わらず元気な様子だ。


老夫婦に冬瓜のことを問いかけると、こんな答えが帰ってきた。「3人の子供が近くに住んでいるが、なかなか家に寄り付いてくれない。野菜を収穫したから取りに来いと連絡してもなんだ、かんだと理由を付けて来ない。寂しいことだ。」今年も判で押したように同じ答えが返ってきた。

                                                 

さらにこんなことも付け加えた。「冬瓜も取りに来ないので、捨てるのももったいないと思い誰か貰ってくれる人がいたらと思い・・・。貰ってくれる人がいて捨てなくて済んだ。ほんとによかった。」


この老夫婦、なんとかして子供さんが来てくれないかと野菜でエサを蒔いても寄ってこない。同情する。3人の娘が皆嫁いでしまったわが家、毎日のように会社の帰りに立ち寄って冷蔵庫の中から何かを持って行かれる方がまだ幸せか? いや、あすはわが身に降りかかる話かもしれない。