150万本の彼岸花


きのうは彼岸の中日、秋分の日。きょうはそのハッピーマンデー。先週に続き2週連続のハッピーマンデーだ。早朝は青空も顔を出していたが、陽が高くなるにつれて雲が主役。薄日が出る程度のムシムシの天気。旧暦8月15日のきょうの十五夜も期待薄のようだ。


23日の彼岸の中日のラジオ深夜便の誕生日の花は「彼岸花」に間違いないと確信を持って、雨上がりのおととい22日の土曜に逢妻川堤防に彼岸花の写真を撮りに行った。23日の放送では案の定間違いなかった。けさの中日新聞一面に彼岸花を敷き詰めた様な半田矢勝川の堤防を練り歩く花嫁行列の写真が載っていた。




その彼岸花約150万本が深紅のじゅうたんを敷き詰めたように堤防を彩っている豊田市宮上町の逢妻女川の約450mの堤防両岸。場所は家から車で約5分だ。半田矢勝川は300万本と云われるからその規模は約半分だ。20年以上前から地元の方のボランティアで始まった彼岸花育成会。ここまで育ったのだ。頭が下がる。


半田の彼岸花にしても、足助のカタクリの花にしても、渥美の菜の花にしても観光客を呼びその経済効果を期待して、地元の人達が花づくりに精を出しているのだ。逢妻川は見渡す限りの田んぼの中、駐車場もない。この1.2年の間に空き地を整備し始めた程度だ。経済効果なんてまったく意図してない。他所の花づくりは衣の下に鎧が見え隠れするが、逢妻川は環境美化のための純粋な勤労奉仕だ。だから、頭が下がる。


ネットで調べてみると、このヒガンバナっていう花は毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい花だ。有毒であるからなのか、昔はシビトバナ、ユウレイバナ、キツネノシリヌグイなど不吉な別名が多い。一節には、その毒を嫌ってモグラやネズミが田の畦道や墓の死体に近づかないために植えられたとか。 
                                                       


しかし、最近では美意識の変化のせいか素直にヒガンバナの美しさを認め、いち早く季節を伝える花として、メディア等をにぎわす花となっており、趣味・園芸の対象として広く普及している。登場する呼び名は「曼珠沙華」と「彼岸花」だけのようだ。曼珠沙華マンジュシャゲ)はサンスクリット語で「赤い花・天上の花」の意味で、おめでたい事が起こる兆しに赤い花が天から降ってくる、という仏教の経典から来ているそうだ。



かつて、ニシンが家畜の餌と評価された時代があったと思えば、その卵の数の子が黄色いダイヤと評価された時代もあったように花の評価も例外でないようだ。昔シビトバナ、ユウレイバナ、今天上の花。同じ花でも時代が変われば、その評価は天と地ほどの差がある。不思議な花だ。ヒガンバナ花言葉のひとつに「転生」(生あるものが死後に生まれ変わること)があるのもうなづける。