史実

今月も余すところ3日。暑い、暑いとは言っても少しずつは季節は夏から秋へと向かっている。日の出から30分ほど経った6時前、南の空は入道雲で夏の気配。北の空はと振り向けば刷毛で掃いたような秋の空。夏と秋のせめぎ合い。やがては、秋が優勢になって行くだろう。

 南の空
 同時刻の北の空

三好丘の天空リングでは夏勢力と秋勢力の雄大なバトル。民主党の権力バトルなんてちいせぇ〜、ちいせぇ〜。


きのうのクマさんの日記。中日新聞オオキツネノカミソリが見ごろとの記事。NHKテレビでは10日も前に見ごろと放映。日記にはしおれてしまった花も数多い、来るのが遅すぎたとカキコ。中日新聞どういうつもりか?と日記にカキコ。


この場合は、たかが花の咲く時期のことだけれど、歴史的な事実などの場合「史実」というものは一体なんだろうと考えさせられた。一個人の主観で書き記したものが、たまたま後世に発見されたらその人の見て感じたことが「史実」として残っていることが多い。中日新聞が後世になって発見されたら、少数意見のその記事が史実として世間に大手を振って歩くことになる。


いつぞや、こんなことを何かで読んだ記憶がある。ある歴史家が火事に遭った。翌日新聞を読んだらあまりにも事実と違うことが書いてあるので歴史家稼業がアホらしくなってやめてしまった。 似たような話だ。