イチローの心境


予報では雨模様だが、朝から今にも降り出しそうな空模様でとうとう夕方まで持ちこたえた。丘陵地の稜線から下を眺めるとまわりの田んぼが随分黄色くなった。もう、やがて稲刈りだろう。早いもので、きょうで1年の2/3が終わった。


丘陵地にある畑の土手にボケの木で生垣が作ってある。いま、ボケの実が鈴なりの状態だ。まだ青いものから黄色くなったものまで様々だ。大きさは小さいものでゴルフボール大。大きいものでそれより一回りほど大きい。夏以外は季節かまわず咲いている紅色のボケの花からはとてもこの実はなかなか想像ができない。




あの花から想像できない実、それと同じように米大リーグの大男たちに混じって、1シーズン200安打を10年も続けたイチロー。あのきゃしゃな体からあの大記録はなかなか想像できなかった。今シーズンは11年連続と期待されたが、きのうの最終戦で記録は途切れた。


試合後彼はさっぱりした表情で「ようやく200(安打)を続けることに追われることがなくなったので、ホッとしている。」と述べたという。自分のことをイチローと同じ土俵で語るのは彼に対して全く失礼なことであることを承知の上でいうならば、彼の気持ちよくわかる。


自分はブログをはじめてきょうで1700余日続けている。毎日意地でカキコしているようなものだ。せっかく、はじめたから2千日を目標に続けている。2千日になったら、ようやく2千という数字に追われることがなくなってホッとするだろう。


目標の数字に追われることがなくなった時の安堵感、これはコトの大小、それに関わる人物の大小にかかわらず相通じるものがある。