中馬街道 足助宿


記録的な早さの梅雨入りだ。きのうのこの地方に引き続ききょうは関東地方。朝からの雨も午後には上がった。おかげで歴史散歩の講座、「塩の道」での足助町並み散策も傘なしでできた。



何度も訪れている足助の町も、塩の道・中馬街道の宿場町だったというくらいの認識しかなかった。専門家の説明を聞きながら散策してみると、色々と興味が湧いてきて改めてゆっくり訪ねてみたくなった。 足助の町並、代表的なスポット二つ。


     ● マンリン書店

かつて屋号を萬屋よろずや)といい、当主は代々、林右衛門を名乗ったところから「マンリン」と名付けられた。江戸時代中ごろ以来各種の商品を扱った老舗。店の奥には蔵5棟が連なり、奥行きは50mある。通りに面した一の蔵が書店、二の蔵が喫茶ルーム、三〜四の蔵が画廊になっている。土蔵に面した路地は「マンリン小径」と呼ばれ足助のシンボルとなっている。



     ● 塩問屋「たばこ屋」

江戸中期から明治にかけて、塩問屋として知られていた店。沿海各地から運ばれてきた塩は産地によって目方が異なっていたので,塩問屋は山道に適するように,7貫目(約26㎏)に俵を包み直し,信州へ運んだ。足助には塩問屋が14軒あって、「たばこ屋」が塩の輸送、売買の業務を一手に仕切っていた。屋号が示すように塩の他、雑貨なども扱っていた。



     ● 焼き物ロード

中馬街道足助宿の北出入り口の先に今朝平(けさだいら)集落がある。この集落から瀬戸、岐阜県東濃地方を経由して律令時代の東山道へ抜ける街道がある。写真でわかるように人ひとりが通るのがやっとの道。奈良・平安時代に猿投古窯群へ東濃地方から陶器の製法がもたらされたのはこの街道による。と講師の先生は推論している。


なかなかロマンのある話でないか。クマさんは更に推論して先生に提案した。シルクロードと同様焼き物ロード(クマさんの命名)は数々の文化を伝えた。五平(御幣)餅、へぼ、つぐみ猟はほぼこの焼き物ロード沿いで盛んだ。 先生は文献がないとうかつな返答はできないようだ。