弁理士N君の思い出


寒の戻りは覚悟していたが、それにしても寒い。東京では雪が降ったとか。四つ池周辺の桜もすっかり葉桜と化した。ウチの裏側、四つ池に降りて行く道路はピンクの絨毯が敷き詰められたごとき状態だ。20年住んで初めて見る光景だ。


咲く前には、咲いたら花見をしながら一杯やろうと話し合っていたものだが、週末から週の初めにかけての”花散らしの雨”が”散る花を惜しむ”余裕すら与えてくれず、あっという間に春を惜しみ、行く春を見送ることになってしまった。


なんだか、わが人生に教訓を残してくれたような今年の桜だ。すなわち、宝くじが当たったら家をリフォームしようとか、豪華海外旅行をしようとか云っているうちに、体力・気力が落ちるばかり。時間だけはいくらでもあるのに、あっと云う間に過ぎ去る体力、気力の充実した第二の人生を惜しみつつ、行く年波を見送ってしまっている。




第二の人生に入って10年なる。10年前にこんなことがあった。多治見の仲間のブログに高校時代大の仲良しで大学卒業後脱サラして、弁理士の資格を取り特許事務所を開いていたN君のことだ。当時、青色発光ダイオード発明に関わる特許料訴訟を起こしていたカルフォルニア大学の中村教授のニュースが世間を賑わしていた。


特許関係の仕事に携わっている彼にブログでこの問題に関するコメントを求められていた。彼は、大変長いコメントを寄せていた。結論はこうだった。日本では、研究者は研究するのが職務で発明するのは当然という風潮。その報酬はお涙金程度。在職中は会社とのトラブルを避けて退職後に会社に請求して事件になるのがほとんど。


日本の現状は発明者にとって過酷なので技術者の発明意欲が減退している。従って、米国から特許権を買ってモノを作り、輸出する世界の工場であり続ければやがて中国に追い越される。とにかく、発明者を大幅に優遇する方向で思い切った改革をしなければだめだ。


世界の工場が中国に変わったことや、中村教授が昨年ノーベル物理学賞を受賞したことなどを考えると、10年前の彼の見通しは
ほゞ間違いなかった。その彼は、7年前のちょうど今頃桜の咲く時季に旅立った。今は、富士山麓の樹海の中で眠っている。