当たり前にある日常のありがたさ

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春が来たかと喜びも束の間。やはり、3日と続かぬ春の晴れだ。お昼前からしとしとと冷たい雨だ。きのうは、庭のリナリアの花にモンシロチョウを見た。残念ながら、写真撮影は逃がした。ソメイヨシノの開花日とモンシロチョウの初見日がほぼ一致するといわれている。けさのウォーキング時のチェックでは四つ池の桜はまだ一輪も咲いていない。


四つ池でまだ桜は咲かずとも、柳の芽吹きが美しい。春到来のシグナルだ。けさ、ウチの前の歩道でびっくり仰天の春の珍事。子犬ほどの大きさのタヌキが息絶えて横たわっているのではないか。外傷はない。恋の季節で、彼女を追いかけまわしているうちに道に迷い、車と衝突したのではないだろうか。これも、春到来のシグナルのひとつだろう。




その開花が遅いとやきもきしているソメイヨシノにいま異変が起きているとテレビでやっていた。皇居乾通りの桜の一般公開が今年は中止になった。理由は樹木の老朽化による植え替え工事のため。皇居だけでなく、桜の老木が伐採される事態が全国各地で起きているという。


日本の桜の80%を占めるソメイヨシノがいま、60年という寿命を迎えていることと、老木で「てんぐ巣病」というカビの一種が原因の伝染病にかかりやすくなり、枝が異常に増えて花が咲かなくなり衰弱して枯れてしまう。そんなことで、ソメイヨシノは危機に瀕しているということらしい。



そんなことを見たり聞いたりすると、3月の終わりに開花し4月の初めにぱぁ〜と咲いて散ってゆく「当たり前にある日常のありがたさ」を改めて思い知らされる。何も桜の花に限らず自身の日常生活においてでものことだ。昨夜、3年連用日記をつけるとき去年の欄をみたら、3月30,31、4月1日の3日間は連日「ぎっくり腰、終日静養」と記してあるだけ。


クマさんの日記も去年のこの間は、ノートパソコンなら腹ばいになってカキコできるが、デスクトップのためそれがかなわず、随分苦労したものだ。今年は「当たり前にある日常のありがたさ」をかみしめながら、ちゃんと腰かけて3166日目のクマさんの日記のカキコを終えた。