旅立つときに出る答え


朝から雲が主役の天気。夕方になってやっと青空が顔を出した。日中は、風はなくても、陽射しがないから部屋の中にいると4月も下旬といっても暖房が恋しくなる。やはり毎年のこと、暦の上での「立夏」が過ぎる大型連休が終わるまでは暖房器具を片付けることはできない。



ウォーキングコース上のソメイヨシノはすっかり葉桜になり、田園地帯のモザイク模様の菜の花畑が道行く人たちの目を奪っている。この景色に接すると、なぜか浮世のこせこせしたことを”ちぃせぇ〜、ちいせぇ〜”と忘れさせてくれる。


今週は月曜から金曜までクマさんの日記もお花見ウィークだった。満開になった御衣黄桜がその最期を飾るにふさわしい風情だ。「緑の桜」ともいわれるように、遠目には緑に見える。モザイク模様の菜の花畑の近くの休耕田の中に樹高3mほど、1本だけポツンと立っている。花の中心が赤くなったことが、見頃のシグナルなのだ。



「勤労は美徳でなく苦役」が持論の自分、苦役から解放されてサンデー毎日になったから自由に自分の時間を満喫できるこの幸せ。モザイク模様の菜の花畑を見渡せる尾根筋でふと立ち止まり考えた。幸せが続き何か禍が起こるのではと心配になる。                                            


司馬遼太郎の「坂の上の雲」ではないが、(苦役から解放されようと)登ってゆく坂の上の白い雲をのみ見つめて登っている時の生活と果たしてどちらがハリのある生活といえるだろうか。その答えを出すのは、旅立つときだろう。