「平成」最後の1年


自然の歩みは休むことを知らないようだ。5月の声を聞いたら、早速いきなり真夏日に接近。グラウンドゴルフに興じるシニア層にはこの急激な変化に体が追い付かないようだ。一緒にラウンドした者の中からリタイヤーする者が出る始末だ。


きょう5月1日の誕生日の花はスズランとラジオ深夜便。わが家の庭の片隅で毎年のことだが、冬の間葉が茶色っぽく変色し、くしゃくしゃになってしまって、今年はもう枯れるだろうと思っていると、4月頃から突然元気になって、こんな花が咲く。名前からするとラン科みたいだが、ユリ科スズラン属。



来年の5月は新しい年号になる。平成もあと1年ということだ。ビジネスマンにとっては、このグローバル時代に、どうして西暦と和暦を併用するのか、こんなことをしていたら世界から取り残されると主張する人が多いのではないかと思う。そういう人は西暦一本で通してもらえばいいと思う。公の申請書類なども西暦と和暦両方の記載欄があるから。


クマさんは西暦と和暦併用で時と場合によって使い分けをする今のやり方に賛成だ。例えば、豊田から名古屋・伏見まで電車で行くとする。一般的には豊田、伏見間を乗り換えなしで直通で行くとなる。節目のない西暦的な考え方だ。一方で、豊田、梅坪間は名鉄三河線、梅坪、赤池間は名鉄豊田線赤池、伏見間は地下鉄鶴舞線と路線ごとに分ける考え方が節目のある和暦的な考え方だ。



和暦的な発想とか考え方とか訴求力は慣れ親しんできたし、表現するのにインパクトがある。日本の歴史、文化そのものだ。「大化の改新」「安政の大獄」「明治維新」「大正琴」「平成の怪物」。モノの本によると、終戦時に国会でも元号の廃止について議論されたそうだ。


終戦の翌年1946年(昭和21年)からは元号を廃止して無限の新日本〇〇年として出直すという意見と和暦は日本の歴史・文化と結合しているから存続すべきという議論がなされ、現在の姿に至っているそうだ。



おととい29日の「昭和の日」に因んで、昭和の歴史を振り返ってみるに、足かけ64年に及んだ昭和という時代に、日本人は有史以来の最大の戦争を体験し、敗戦から経済大国へと、奇跡の復活を成し遂げた。戦争が起きたことは大変不幸なこと。これは云うまでもないが、世界に名だたる経済大国になったことに日本人はもっと自信と誇りを持っていいのではないか。


昭和に続く平成も最後の1年になった。平成になって半分は第二の人生を送っている。この歳になれば1年1年が勝負だ。世界がどうの、日本がどうのというよりは自分がどうかの方に、どうしても比重がかかる。充実した1年を送っていい平成の総括ができるようにしたいものだ。