♪♪ 原爆許すまじ


「危険な暑さ」と台風が交互にやってくる。気象だけみていたら、いったいこの国どうなってしまうだろうと心配になるが、甲子園に高校総体にと、いつもながらの日常が動いている。いつもながらの花が咲いている。おととい8月4日の誕生日の花はサルスベリ百日紅とも猿滑とも書く)とラジオ深夜便が伝えていた。


この時季、家庭の庭に公園の樹木に街路樹に見られる。灼熱の太陽の下で涼しげに咲いている。「夏から秋まで約100日間ピンクの花を咲かせる」ことから百日紅と書く。また、「幹がスベスベで、猿も登れない」ことから猿滑のネーミングらしい。百日紅と書くが、白い花もある。ウォーキングコース上の丘陵の畑に咲いている。
  


♪ ふるさとの街焼かれ/ 身よりの骨埋めし焼土(やけつち)に

   今は白い花咲く/ ああ許すまじ原爆を

   三度(みたび)許すまじ原爆を / われらの街に


きょう8月6日は平成最後の広島原爆の日だ。歳のせいだろうか、この1,2年昔のことを思い出して思い出に浸ることが多くなったような気がする。8月6日や9日の原爆の日になると、中学生のときホームルームの時間にロシア民謡とともに習った「原爆を許すまじ」の歌が頭の中を駆け巡る。60年以上経っても1番だけならすらすら出て来る。



きのうの夕飯、何のおかずだったか忘れても、60年以上前にみんなと一緒にホームルームで歌った歌は、ロシア民謡をはじめ何曲も歌詞カードなしでも歌える。歌を教えてくれた教師は教科書以上に平和を愛する心を我々に教え、それが今に生きている。


原爆に関する思い出。もうひとつ。2010年サイパン旅行したときの後味の悪い思い出だ。この日記にカキコするのは2度目か3度目くらいだが、この日が来るたびに思い出すので・・・。




テニアン島サイパンから南へ5kmの島。6人乗りセスナ機で渡る。10分ほどで渡れる。現地のツアーガイドが自家用車で案内してくれる。ジャングルの中まで入るのでバスは入れない。このツアーガイドは60歳前後の日本人男性。正確に言えば鹿児島生まれの米国籍。グリーンカードを取得して米国市民権を得たおじさん。


B−29エノラゲイが原爆を搭載したピットを見学したときこんなことを語った。広島と長崎の原爆により日本は本来ならもっと長引く戦争から早く解放された。そして、朝鮮のように分断国家にならなくてすんだ。と。生粋の米国人が戦勝国の論理で語るのなら、そんなものかと不承不承ながら悔しさをかみしめる。                


ところが、彼は米国の市民権を持っているからと言って米国人ズラをして同胞に向かってそこまで言わなくてもいいものをと思いながら後味の悪いテニアンツアーだった。