桶狭間の本家争い


梅雨空から時折思いついたように小雨がぱらついては、しばらくしてやんでしまう。終日そんなことの繰り返し。うっとおしい梅雨時の天気だ。降りしきる雨には紫陽花がよく似合う。開花時期が紫陽花と重なり葉の形も似て、共に花の色の七変化がもてはやされるランタナ。こちらは輝く太陽の下で咲くのがよく似合う。そのランタナが庭で盛りを迎え始めている。      


紫陽花とランタナ、共に共通項が多いがそれらの花に似合いの背景は雨と太陽で真逆と云えよう。ランタナは、まさに庭の優等生だ。宿根草で、暑さにも強く病害虫にも強く特別に肥料もやることもなく、6月の初めから11月の初めまで咲き続ける。才色兼備、丈夫で長持ち、おまけに手間もカネもかからない。



桶狭間はこっちのもんだぎゃぁ。名古屋緑区VS豊明市」先週の金曜の日経新聞電子版の見出しだ。その日の前後にCBCラジオの朝の番組でも取り上げていたのをチラッと聞いた。織田信長が敵の10分の1程とも言われる軍勢で強襲し、今川義元を討ち取って退却させた、日本の歴史上最も華々しい逆転劇と言われ、ある雑誌の合戦ランキングでも1位にランクされている「桶狭間の戦い」の主戦場を巡り両市で論争を呼んでいるそうだ。



去年の1月25日のクマさんの日記。「歴史散歩」古戦場を訪ねる講座。第1回目のきょうは桶狭間の戦い桶狭間古戦場の伝説地は豊明と名古屋・緑区にあって豊明の史跡を訪ねた。戦場だから点でなく面。今の市境界線にまたがっていることも当然だ。まして、昭和12年に史跡として国から指定を受けていると豊明のガイドさんの説明を受けているから、本家は豊明と疑問を挟む余地もなく、今に至っている。



新聞記事によると緑区は、信長が村人に戦死者を埋葬するよう命じた塚があることから平成20年に「桶狭間古戦場保存会」を設立、2年後に義元と信長の銅像を建立した。緑区のやり方は東や南のシナ海で海洋進出を図っている隣国のやり方に思えてならない。


専門家に云わせると、論争が決着しない背景には歴史文書の解釈が何通りにも出来るからで新たな資料などが出ない限り論争は決着しないと記事は伝えている。



緑区豊明市も観光客誘致が共通の目的はず、日中が東シナ海で共同で油田開発を模索しているように、市境界線をまたいで共同で歴史資料館をつくることをしたらどうだろうか?


長篠の戦い」や「小牧・長久手の戦い」では地元の資料館がある。合戦ランキング1位(関ヶ原の戦いは別格だそうだ)の「桶狭間の戦い」に資料館がないのは致命的だ。ここは、緑区豊明市も大人の対応をすべきだと思うが。