新幹線と大物政治家


午前中の雨も上がり日差しが出てきた。グラウンドゴルフの市の大会も中止になり、朝から絶好の麻雀日和となった。


きのうのカキコは来年3月の北陸新幹線金沢開業のことだった。この件を地元の連中と話していると話は尽きない。特に、地元出身の元総理森喜朗氏の功績を評価する声をよく耳にする。同じ与党の中から「我田引鉄」と非難を受けながらもよくやってくれたなどと。田んぼの中に岐阜羽島駅を作った大野伴僕睦のように銅像が出来るかもしれないという声すら出ているようだ。



大物政治家になればなるほど、良きにつけ悪しきにつけ誤解もスケールが大きくなるものだ。「政治駅」の権化のように云われる岐阜羽島駅のできるいきさつをかって調べたことがあった。それは、岐阜県出身のはしくれとしてぜひ知っておきたかったから。


東海道新幹線は、当初大規模な掘削工事が必要な鈴鹿山系横断ルートが想定されていたが、難工事の為関ヶ原から米原に至る現在のルートに落ち着いた。名古屋・米原間には、ひかりがこだまを追い越すため、あるいは豪雪時の退避駅が必要になった。


 


そうなれば、新幹線の駅は県都岐阜以外にないと云う地元と最短ルートを目指していた国鉄との間に入って仲介の労をとったのが大野伴睦で、妥協案として決まったのが田んぼの中の岐阜羽島駅だ。ところが「新幹線のルートを大きく遠回りさせて、羽島の田んぼの真ん中に大野が新幹線を停めた」という都市伝説ができあがってしまった。


森喜朗(現役時代失言が少々多すぎたが)大野伴睦両氏のように誤解を恐れない政治家が数少なくなった。政治の世界も小者ばかりということか・・・?