4月に思う


先週の木曜の午後から降り続き、きのうの午後からは一服した長雨。予報ではまだ2.3日続きそうだ。今日も朝からぐずつき気味だ。3月中旬から 4月上旬にかけて, 菜の花が咲く頃に降る長雨。これを称して菜種梅雨というらしい。春から夏にかけては、植物にとって成長を促す大切な雨が降ることから、この時期の雨に植物の名前が付いているものが多いようだ。


「菜種梅雨」の季節が終わり、5月初旬は「たけのこ梅雨」、そして、5月中旬からは「卯の花くたし」。その後、梅の実の熟す頃、本格的な「梅雨」がやって来るのだ。雨で季節の移り変わりを感じてみるのも風情があっていいものだ。


菜種梅雨最中のこの週末に四つ池周囲の桜もようやく満開となった。雨で花びらが散るのが惜しまれるが、一方桜をとりまく柳などの木々も菜の花も雨に洗われ鮮やかな緑や黄になって桜の花の白さを際立たせている。



4月になって、はや10日の時が過ぎてしまった。この時期、世間では進入学やらクラス替えやら、就職やら転勤やらで慌ただしい。新聞にも人事異動の記事が賑やかだ。これに対して、海外では、9月に新学年のはじまるところが多いようだ。新卒の一括採用という方式も一般的でないようだ。4月に心せわしく感じるのは日本特有の現象かもしれない。



いまや、世の中のすべてが地球規模で考える時代になった。海外留学したり、海外からの留学生を受け入れる学校にしても、外国からの人材を雇用する企業にしても新学期の時期を世界的に統一した方がより合理的だろう。一時、9月新学期にする大学が話題を呼んだが、その後名乗りを上げる声はさっぱり聞かなくなった。


自然のサイクルを中心に考えれば、寒い冬から暖かな春になって、万物がさぁリセットして活動をはじめようとする4月がひとつの節目となるだろう。これが、繊細な心を持った日本人の「情緒」なんだろう。しかし、「合理性」と「情緒」、水と油みたいなもので、足して2で割るように簡単なものでないのだ。


自然のサイクルに合わせるのが、人間らしい生き方だろうが、そんな甘っちょろいことを云っておれないのが現実だ。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」夏目漱石はうまいこと云ったもんだ。