携帯の魔力


まさに三寒四温の真っただ中。きのうとはうって変わって青空、氷点下の朝、身を切るような寒風。あざぶの丘公園の池の水辺でネコヤナギの写真を撮る手が痛くなるほどだ。一月ほど前に白い芽が出たネコヤナギ、銀白色の毛で覆われた花穂が目立ってきた。この三寒四温が繰り返されて春は着実にやってくる。


朝のウォーキングに出かけて携帯電話を持ち忘れたことに気づく。さぁ落ち着かない。歩数がカウントできない。きょうは麻雀休業日になっているが、ひょっとして急きょメンバーがそろって連絡があるかもしれない。たった1時間ほど離れるだけで大の男が困惑して落ち着かなくなるほどの力がひそんでいる携帯とはすごい奴だ。


先日日経新聞のデジタル版に出ていた。囲碁の日本棋院では最近、対局中に棋士の携帯が2度鳴ったら即負けにする規則を取り入れたそうだ。マナーモードの振動音もダメ。一方、米ロサンゼルスのレストランは入り口で携帯を預けると勘定を5%割り引くサービスを始めた。客の4割が携帯抜きで食事をしているそうだ。


大切この上ない携帯も、碁盤を挟んだ相手や食事をともにする家族、友人、恋人の前では出番などない。油断するとそんなまっとうな感覚がふっとマヒする。文明の利器に人間が100%恩恵に預かり放しなどということはまずないだろう。功があれば罪がある。車然り。携帯にひそむ魔力は罪の部分の感覚をマヒさせるところにあるのではないだろうか。