光の春


「雨水」を過ぎても春モードにはまだ、まだほど遠い感じだ。2日続きの青空だが風の冷たさはハンパでない。毎回20人以上が集まるグラウンドゴルフも、きょうは14人。風邪ひきが多いようだ。そんな中でも、春の息遣いがあちらでもこちらでも感じられる。きのうは、あざぶの丘で芝桜、きょうはウチの花壇でクロッカスが咲き始めた。きのう、htanisanさんがコメントしていたように草花は日照時間の長さで咲くだろう。


春の息遣いの原動力は「光」つまり「光の春」ということだろう。 動物や植物の中には、気温の上昇より光に反応して冬眠から目覚めるものがほとんどでないだろうか。人が寒さに震えていても、芽吹きや、花を咲かせて春の到来を知らせてくれる。これが「光の春」だ。



一口に「光の春」といっても、金沢と名古屋では感じ方の質が違うのではないだろうか。金沢では連日厚い雲に覆われ日照がなかったが、冬型の気圧配置が崩れて、日照そのもの量が増えたことに「光の春」を感じるだろう。名古屋では日脚も伸び、太陽の高度が高くなって陽射しが強まった、つまり日照の質の変化に「光の春」を感じるだろう。


いずれにせよ、春の光で、命が芽生える、そんな実感のある季節になった。今年、クマさんの日記に登場しただけでも「ハクモクレン、梅、ネコヤナギ、フキノトウタンポポ、芝桜、クロッカス・・・・オオイヌノフグリを見つけて写真を撮り忘れた。「光の春」、春まだ浅いこの時季、繊細な季節感がこめられた言葉だ。