法律以前の問題


先週7日の立冬が過ぎ新しい週に入ったら、めっきり初冬らしい雰囲気だ。お昼頃には北陸の冬を思わせるような真っ黒い雲と、東海地方にはないといわれる気象用語”木枯し1号”を思わせるような強い北風。年寄りのヒマ人たちは気が早い。もう新年会出欠確認の手紙が届いた。 今年も、あと残すところ50日になった。


そんな時季というのに、真夏の路傍や荒れ地で咲き乱れていた高砂ユリが、農道の土手でしぶとくまだ凛として咲いていた。柳腰の美人を彷彿させるユリ、美人薄命どころか随分と長生きする美人だ。



地域の人達40数人でやっている家庭菜園はもう年末。土曜の夜来年度の契約更新を兼ねた総会があった。毎年総会の際に出るのが、出不足料の徴収の厳格化と一斉草刈日に共用の場所でなく自分の区画の草刈ばかりをしている人の排除。きちんとルール化せよという派とそこまでしなくても派に分かれる。


これはルール化以前の問題だと思う。敵味方のいる組織と違って同好の士の集まりだから、厳格なルールで縛り付けるようなことをしない。みんなの常識を信頼し、多少のことは互いに我慢することがこうした類の会の運営にはいいのではないだろうか。


これと似た問題が、今国会で論議を呼んでいる「特定秘密保護法案」だろう。詳しくは知らない。ただ云えることは、国は諸外国から提供された秘密情報が外部に漏れれば、それらの国からの信用を失う。マスコミにしてみれば、取材に制限が加わるから”知る権利”とかなんとかと躍起になる。


平和ボケといわれるかもしれないが、マスコミが大騒ぎするほど一般国民には関係ないのではないか?外務省、防衛省、警察が、日本は”スパイ天国”と云われるような情報管理しかできないこと自体が問題で、法律以前の問題ではないだろうか。今必要なのは役所そのものの情報管理体制をつくることではないか。