聖職者


10何日目かの雨。お昼前には上がってやわらかなお湿りだった。それもそのはず、あさっての20日二十四節気の「穀雨」だ。


この時期にしとしとと降るやわらかい春雨が穀物の生長のために必要な雨 なのだ。この雨で周囲の新緑に一段と輝きが増した感じだ。


庭の片隅にあるスズランもついこの間まで赤茶けた葉っぱでしおれていた。今年はもうこれまでかと諦めていたら、10株以上が蘇っているのではないか。オオテマリも今でこそ、まだ緑がかった白だが、もう1週間もすれば純白になるだろう。




韓国の旅客船の沈没事故で、多くの修学旅行中の高校生などが船内に閉じ込められているにもかかわらず船長が救助されている。当然のことながら大きな問題になっている。2年前にイタリアで大型客船が座礁事故を起こして多数の犠牲者が出た時にも船長が早々と救助されて話題になった。


きのうの朝刊各紙に週刊文春の広告が掲載され、その中に息子の入学式のため担任クラスの入学式を欠席した女性教師に対してプロ意識に欠けると批判した尾木ママのブログが炎上している。これを支持しますか?とデカデカ出ていた。


好奇心から尾木ママのブログを覗いてみた。日本の女性の社会進出が世界的に見ても非常に遅れていることに触れて、「基本的に女性が大切にされていない。しかし、担任として新入生を迎える立場の教師が自分の高校生息子の入学式参列のために勤務高校休むのは問題が違うのではないだろうか?」と述べている。


そして、これから教師になろうとしている学生に対し「女性の権利、働く者の権利と教師の責任、教職の聖職性について深く理解してほしい」と結んでいた。




聖職者は文字通りに云えば宗教的な神聖なる職に就いている人ではあるが、一般的には道徳や法律 を守ることにお手本ともなるべき教諭・政治家・警察官・弁護士などがイメージされる。つまり、極論すれば自分の身を削って奉仕する程の 謙虚さがあって、労働を金銭換算などすべき職ではないのだ。


旅客船の船長の行動も高校教師の行動も根っこにあるものは同じではないだろうか。仕事に対するプライド、責任感、使命感の欠如。ただ単に労働力を提供してその対価をもらっているだけの職業でないと思う。聖職者たれと云いたい。