「系列」どう変わるか?


新しい年を迎えたと思ったら、もう一月が経ってしまった。そのうちの三分の一は病院暮らしだったからなぁ・・・。きょう2月1日の誕生日の花はハナナとラジオ深夜便。ハナナ? よく聞いてみるとナバナ(菜花)のことだ。アブラナ科一年草。花を野菜として利用することからのネーミングのようだ。秋播きで、12月以降の短日の真冬でもよく開花する。


三好丘の丘陵でも、毎年この時期にあちこちで広域に栽培されている風景を見かける。今年、入院する1月の中旬 以前はまったく見かけなかったが、この厳しい寒さ続きで果たしてどうなっていることやら・・・。四つ池から北西の季節風が舞い上がって襲ってくるような日でも、菜の花畑を眺めるとほっとする。春が近いからだ。



リタイヤーして10年以上経っても、毎年春闘が始まるこの時期になると現役時代のことがいろいろ思い出され、憂鬱な気分になる。ましてや、今年は入院中で思い出さなくてもいいようなことまで思い出されるのだった。


トヨタの城下町に住み、娘がトヨタとその系列会社の従業員に嫁いでいることを思うと、トヨタ春闘やらいわゆる日本流の「系列」方式がどうなるものだろうかと入院中に思いを巡らせた。


これまでのトヨタはピラミッド状に広がる取引先企業の頂点に立ち、その判断が傘下企業の賃金水準にも影響を及ぼす。運命を共にする家族のような団結が3万点もの部品を組み立てる車づくりを支えてきた。そんな日本独自の「系列」支配が曲がり角に来ているのではないだろうか。




従来からの車づくりが、世界の趨勢として電動車と自動運転にシフトして来ている。技術的なことはよくわからないが、車づくりの生命が、3万点にも及ぶ部品から蓄電技術と人工知能(AI)の独自性の高さに絞られて来たということではないだろうか。


日本の車づくりの強みだったはずの「系列」家族主義がどう変わって行くか目が離せない。