お節介


きのう宵の口には三日月が出ていたが、予報通り夜中に雨が降ったようだ。日中は日射しが戻り、相変わらず蒸し暑い一日。先日のカキコで四つ池の桜の狂い咲きをアップしたが、けさのテレビで”秋の異変”と称して東京でソメイヨシノが開花したことを伝えていた。


そういえば、先月末の豊田・藤岡緑化センターでも秋というのにヤマツツジが随所で咲いていた。指導員の先生は”返り咲き”と教えていた。なるほど、”狂い咲き”というより余程人聞きがいい。



何も今に始まったことでもないが、かねてより気にかかっていたことがある。地下鉄のホームにいると「間もなく電車が入るから白線の内側まで下がれ。」電車に乗ると「駆け込み乗車は危険だからやめろ。」「扉付近に立ち止まらないで中の方へ詰めろ。」などとお節介が多すぎる。


ATMでも病院の診察受付機でもカードや診察券取り忘れ防止のためにカードを差し込むやいなやピーピーとうるさい。いらんお節介だ。


国民性の違いといってしまえばそれまでだが、一部例外はあるかもしれないが、欧米の列車では発車のベルは一切鳴らない。自分の旅だから自分の責任で発車時間に乗り遅れないようにするのが当たり前だ。ということらしい。


事細かにお節介をやく国民性が「自己責任」という意識の欠如につながり、「道路に穴があいていたから転倒しケガをした。道路管理者は損害賠償せよ。」といったクレーマーが横行したり、「不登校の子がストーブを蹴り倒した。学校が弁償せよ。」といったモンスターペアレントが日常茶飯事になっているのではないか。


日本の国民性が悪いというのではない。その国民性がかつての世界第2位の経済大国をもたらしたのだ。家庭・学校・地域での教育がもう少し機能していたらと思う。